CLIENT : MORI BUILDING
- 前田 知巳
- コピーライター, クリエイティブディレクター
- 副田 高行
- クリエイティブディレクター, アートディレクター
「できるはずがない」。 そこに挑戦するから、森ビルなのだと思う。
森ビル代表取締役社長 森 稔
1960~70年代。現在のアークヒルズに当たる一帯は、地下鉄の赤坂見附駅や虎ノ門駅から
1キロも離れた、陸の孤島のような場所だった。
付近は関東大震災や戦災からも焼け残った地区で、それだけ老朽化した家屋が多く、
なかには倒れかかった松の木に押しつぶされたまま人が住んでいる家、夜になると中から星が見える家もあった。
当時はまだ「ディベロッパー(開発事業者)」という言葉すらなかった。「不動産屋ごときに、
土地の買収を伴うような街づくりの権利を与えるなどとんでもない」。不動産業に対する社会的信頼も
まだ低く、街づくりの実績も少なかったから、世の中からそう思われても仕方のない面もあった。
森ビルが、赤坂六本木地区再開発に取り組む事が知れわたると、様々な方面から
「無謀だ。できるはずがない」という忠告を受けた。
「できるはずがない」。そう言われる未知の領域への挑戦こそが、森ビルの存在意義だという気がする。
地元の反対は想像以上に強かった。街のあちこちに「再開発反対!」
「インベーダー森ビルは出ていけ!」という手書きのビラが貼られていた。
私は月二回のペースで、手づくりのコミュニティ誌『赤坂・六本木地区だより』を発刊し、担当者が一軒一軒を訪ね、
手渡しで配った。「反対意見や森ビルに都合の悪い意見こそどんどん載せるべきだ」という方針で編集した。
盆踊り。豆まき。途絶えていた地元の祭りの復活。街に馴染むためには何をしたらいいか。
住民に話を聞いてもらえる関係になるにはどうしたらいいか。ありとあらゆることを自分たちで考え、
とにかく実行してみるという試行錯誤の日々が続いた。
そんなある日、居酒屋ですっかり出来上がった反対派のグループと鉢合わせした。
そのなかの腕っ節の強そうな人が私に向かって「表に出ろ」と立ち上がった。
「表に出れば、話を聞いてくれますか」と応じて立ち上がった私を、
反対派のリーダーやまわりの人たちが慌てて止めるという騒ぎになった。
「話せばわかるなんて幻想だ」と人は言う。しかし、私はとことん話せばわかり合えると信じている。
話し合ったからといって、必ずしもこちらの意見に賛成してくれるわけではない。しかし、そこから解決の糸口や、
議論を深める手がかりが見つかるものだ。
話さなければわかってもらえない。わかってもらえるまで何度でも話す。
もし、私がオバマ大統領のような名演説家であったなら、もっと早く再開発が進んでいたかもしれない。
残念ながらそうではないので、一軒一軒ドアをたたき、再開発を理解してもらうまで繰り返し話し続けてきた。
再開発推進派の町会長と反対派の副町会長が殴り合い寸前になった時、
とっさに眼鏡を外して「代わりにぼくを殴ってくれ」と割って入ったこともあった。
喧嘩をしても必ずしも溝が深まるわけではなく、お互いにそこから何かを感じ取る。そんな付き合いを経て、
反対派でさえ「欲だけでは再開発はできるものではない」とわかってくれたように思う。
最後まで残った反対派のリーダーが新聞の取材を受けた時のこと。再開発の苦労話や森ビルの悪口が
さんざん出尽くしたところで、「では、どうして再開発ができたと思うか」と聞かれて、こう答えたそうだ。
「森ビルは決してウソをつかなかったからな」。
本来、再開発とは、そこに住んでいる人に、いままでの生活や人生とは違う生活や人生を押しつける。
社会的に意義があったとしても、そうした面は否めない。大変な共同作業だとつくづく思う。
アークヒルズの再開発は、低層の街を超高層都市に創り替える最初の事例だった。
だから、余計に反発や不安も強かったのかもしれない。
しかし、都心部をもっと空へ、そして地下へと立体的に活用すれば、はるかに多くの空間を生み出せる。
土地を増やすことはできなくても、空間を増やすことはできるのだ。それも緑豊かな環境で、
災害時にも安全で、温かなコミュニティが育つ街をつくっていくことで、より多くの人が都心で、
充実した職住近接の暮らしができるようになるのである。
都市再開発というものは、合理性・効率性一辺倒で進められるものではない。無駄ではないかというほど多くの
時間と手間をかけた、人間と人間の本音のぶつかりあいを避けて通ることなど決してできない。
損得という次元を超えて、人としての高く熱い志こそが、古い常識を変えるエネルギーを生む。
アークヒルズにおける経験は、いま思えば、森ビルの市街地再開発事業の「元年」というべきものだった。
経済、文化、環境、いろいろな要素を含めて都市が生まれ変わっていかなければ、
この国に未来はない、と私は思う。官と民の垣根、街と街の境目を超えた、
都市そのものの大胆なデザインが必要になる。世界をリードするような
「都市のグランドデザイン」を実現していくという次なるステージに、いま森ビルは進もうとしている。
人としての「志」あってこそ。
森ビル株式会社