有限会社フューチャーテクスト

CLIENT : Japan Medical Association

前田 知巳
コピーライター, クリエイティブディレクター
副田 高行
クリエイティブディレクター, アートディレクター

02

20XX年、株式会社○○総合病院にて。

その総合病院の待合室は、ちょっとした高級ホテルのロビーが見劣りするほどのゆったりとした空間が確保されていた。
ソファをはじめ、どれもシンプルで質のよさそうな調度品でまとめてある。

「高木様、お待たせいたしました」。受付が患者に声をかける感じも、「ホスピタリティ」という言葉をわかりやすく形にしたかのように、丁寧そのものである。

この病院は駅前のロータリーに面した極めて便利のいい場所に建てられた。たまたまかもしれないが、線路をはさんで逆側の住宅地区に点在していた小規模の病院は、近頃つぎつぎと姿を消しているらしい。

その結果、駅の反対側まで足を運ぶという、健常者から見れば何ということもない労力が苦となり、いつしか病院に顔を出さなくなったお年寄りも少なくないという。

この病院では、来るたびに見かけない顔のスタッフが増えている。どのスタッフも、例えればファミリーレストランの店員のように、一様の朗らかでハキハキとした受け答えをしてくれる。そのかわり、やっと顔馴染みになりかけていたスタッフがもういなくなっていたりする。「派遣」というシステムを本格的に取り入れているからだそうだ。

ソファ脇の、立派なサイドテーブルの上には、これもまたお金をかけて念入りに作られた感じのする、センスのいいパンフレットが置かれている。開いてみると「内科」や「外科」などの科目にわかりやすく分けられ、それぞれ様々な治療法ごとに様々な値段がずらりと並んでいる。基本料金と多種多様のオプション料金。まるでスポーツクラブやエステサロンに来ているかのような錯覚を感じるほどだ。

ここでいうオプションとは多分、保険適用外の治療や施術をさしているのだろうが、パンフレットひとつとってもここまで「オプションは当然」という顔つきをされると、「基本料金」だけの患者は、ちょっと肩身が狭い雰囲気すら漂ってくる。

加えてこのパンフレットではCT装置やMRI装置をはじめ、あらゆる医療機器が最先端のものであることが謳われていた。自分を担当してくれている医者にこのことを尋ねると、そのような最新の設備を保つために、原則として機器はすべて「リース」で借り受けているのだという。冗談で「ということはこの注射器もリースですか」というと、担当医はこれ以上ないというほど愛想のいい笑顔で「とんでもありませんよ」と首を横に振った。

これは公にはなっていないことだが(とはいえもはや公然の事実となっているが)、病院の株式会社化が進むとともに、医者一人一人に「担当医療額」というノルマがシビアに課せられはじめている、という話を思い出した。

もし、自分が患者ではなく逆の立場、つまり医者の立場だったら…とついつい考えてしまう。そうあってはいけないと頭ではわかっていても、高度な、つまり高額な医療を受ける患者を優先してしまいたくなるのではないか。できるだけそういう治療法を、患者に薦めたくなるのではないか。患者一人当たりに接する時間を短くしてでも、自分が担当する患者数を増やしたくなるのではないか。考えたくはなくとも、頭の中に浮かんでくるのはそういう悪魔めいた発想ばかりだ。

「大丈夫ですか?」という声で、その空想から現実に引き戻された。さっきまでとまったく変わらない、満面の笑みを浮かべた担当医の顔がそこにあった。その笑顔のまま、「ところで治療法についてなんですが…」とパンフレットを差し出されたらどうしようか、というよからぬ思いが、またしても頭をよぎった。

議員の皆さん。役人の皆さん。財界の皆さん。そして世の中すべての皆さん。
病院の株式会社化がもたらす「負」の部分について、もっと議論しませんか。

日本医師会

Japan Medical Association